探究 三浦つとむ・滝村隆一に学ぶ

 社会科学と人間科学の方法的差異
   −『国家論大綱』と三浦言語学−


はじめに−本稿の基本的視角
(1) 三浦の規範一般論と滝村の社会的規範論の異同
【補論  <普遍>と<一般>の弁証法的定義】
(2) ヘ−ゲル「限度」論と社会的規範論
(3) sozialwisenschaftとしての社会科学
(4) 社会科学的に特殊な<意志の観念的対象化>論
(5) 認識論的規範論から「国家意志説」への規定性


(2) ヘ−ゲル「限度」論と社会的規範論


 以上、「規範」論の中に現れた滝村の<社会科学的・政治学的に特殊な発展段階論的方法>をみてきた。この<方法>には、ヘーゲル弁証法に関わる重要な問題が隠されているので、その点についても触れておくことにする。

 滝村の規範論では、「個別規範」は、「未熟」な、<社会的規範>としては「赤子 の段階」に属するものと位置付けられる。その「未熟」さの指標は、「内部的な規制 と拘束力」が、その「規模と質」において「小さく弱」いところにある。
「規模と質」における「小」ささと「弱」さに、「規範」としての「限界」があるということであり、この把握は、ヘーゲル『論理学』の「限度」論に、ストレートに繋がっているといえるだろう。

 「質」と「量」の関係については、これまで、エンゲルス「弁証法の三大法則」中 の「量から質への転化、またその逆の法則」のレベルで論じられることが多かった。  エンゲルスの「量質転化の法則」は、ヘーゲルの「漸進性の絶対的な中断」「量的 なものから質的なものへの飛躍」(『大論理学1』以文社 寺沢恒信訳355頁)の論 理に依拠している。
ヘーゲルは『論理学』「存在論」第三編第二章B「度量の諸比の結節点」の「注解  このことについての実例」で、「自然に飛躍はない」という発想に反駁するため、様々 な実例を上げているが、エンゲルスは『自然弁証法』で、ヘーゲルが行った「実例」 の仕方を踏襲し、当時の自然科学的業績を参照しながら、量の増減という変化・運動 に即してその質的な「飛躍」の実例を上げている。
 たしかに、ヘーゲルのいう「漸進性の絶対的な中断」「量的なものから質的なもの への飛躍」は、実在世界のいたるところに見い出しうる。エンゲルス「量質転化の法 則」は、この現実的事象の動態的変化・運動過程を一般的に把握したものである。
  我々は自分たちの生きる現実の中で、こういう量の増加→質の変化という論理を生活経験レベルで感得することがたしかにある。  だが、ヘーゲルのいう「漸進性の絶対的な中断」を、数量が増えたり減ったりの現 象的な変化・運動過程レベルで、しかも量の増加(原因)→質の変化(結果)と因果 関係的に理解しているだけでは、<質>→<量>→<程度>の弁証法的な論理的展開 の意義を捉えられない。
『小論理学』でヘーゲルは、<質>と<量>の関係について次のように述べている。

「『質』とはまず、有と同一の規定性であり、或るものがその質を失えば、或るもの は、現にそれがあるところのものでなくなる。『量』はこれに反して、有にとって外 的な、無関係な規定性である。例えば、家は、大きくても小さくてもやはり家であり、 赤は、淡くても濃くてもやはり赤である。有の第三の段階である『限度』は、最初の 二つの段階の統一、質的な量である。すべての物は、それに固有の限度を持っている。 詳しく言えば、すべての物は量的に規定されており、それがどれだけの大きさを持つ かは、それにとって無関係であるが、と同時に、しかしこの無関係にも限界があって、それ以上の増減によってこの限界が踏み越えられると、物はそれがあったところのも のでなくなる」(『小論理学』85節補遺 岩波文庫上巻 松村一人訳 260〜1 頁)

 このヘーゲル「限度」論は、「何事にも限度がある」という論理を、<質>と<量 >の関係から捉え直したものである。

(1)<量>は、<質>とは一応無関係なものである。しかし、

(2)一定の<質>には、それに相応しい一定の<量>というものがある。

 たとえば、蛾は、大きい我もあれば小さい蛾もあり、大小様々である。しかし、そ れが蛾であるかぎり、蛾という存在の<質>に相応しい、一定の大きさというものが ある。数十メートル数百トンの蛾など存在しない。
 もし万が一、数十メートル数百トンの蛾が存在しているとしたら、それはもはや蛾 としての<質>を失っていて、蛾とは別種の生物、モスラである。

 この<質>と<量>の関係の論理が、滝村の発展史観の方法に真っ直ぐ繋がってい るのは、滝村の強調する個別歴史の<世界史的社会構成>に即してみていけば、明瞭 なものとなる。  近代以降の国民国家は、いずれも数百万から数千万、一億の人口を抱える<統一 社会>としての<量>的規模を持ち、その<量>に相応しい<質>を獲得している。  すなわち、近代社会は、 政治的・法制的にも、経済的にも、精神文化的レベルに おいても、<統一的社会構成>といえるだけの<質>を獲得し、国家としての内的諸 契機を全面的に開花・顕現している。だからこそ、国家論構築の直接の学的対象素材 として、近代以降の統一社会・国民国家が正面に据えられる。
 これが、たとえばアジアアフリカの部族的村落レベルの「社会」では、その<量>的規模の貧弱さゆえに、政治的にも経済的にも精神文化的にも、<社会>としての本来的性格を顕在化できない。そういう意味で、歴史的社会と国家は、その<質>に見合った現実的な一定の<量>を前提にしてのみ成立し、<社会><国家>としての本来的性格を、現 実に顕現・開花できる。
 しかし、<量>が大きければ、必ず<質>もまた高度である……ということにはな らない。「質と量」の関係を論理的に考える場合、この点は注意しなければならない。
たとえば、アレキサンダー大王の超世界帝国をみてみよう。
 アレキサンダー大王の超世界帝国は、空前の規模の征服範図を誇った。しかし、そ の<社会>と<国家>の内実において、ギリシャ・ローマ的段階を<質>的に凌駕し たわけではない。大王死後、帝国がたちまち分解したのは、この超世界帝国が、大王 の天才あっての帝国だった……、その超世界帝国が、その<量>的規模に見合う<社 会><国家>の内実を獲得する前に、大王がなくなった……、というばかりではない。
 それは、当時の<世界史>的段階において、あのような超世界帝国というものが、 その<量>に見合った<質>を獲得できるのか?……当時の超世界帝国の<量>に相 応しい<質>はいかなるものか?……という問題として、理論的に把握されねばなら ない。アレキサンダーの世界帝国が、ギリシャ・ローマ的段階を<質>的に凌駕した というよりも、むしろオリエント的性格を帯びたものとして把握されるというのも、 この<世界史>的段階と個別歴史の問題に関わっている。
 問題なのは、ある社会・国家の<量>的拡大・発展が、その内部体制の<質>的変 化と必然的な関係にあるとしたら、それはいかなる<世界史>的な歴史<構造>下に おいてか?……ということである。
 しかし、そういう議論はもはや、“量を変化させていけば 質も変化する”というような、量的増減の運動・変化過程を因果関係風に理解するような現象論的レベルを、完全に超えたものなのである。

 以上のように、ヘーゲルの「限度」論は、滝村氏の<世界史の発展史観>の中に、 明瞭に透かし見ることができるが、滝村氏の「個別規範」「特殊的規範」の取り扱い 方も、論理的には同じである。
「個別規範」も「特殊規範」も、その「規範」の及ぶ範囲が、「個人」か「特殊な人々 」か?……という、その「適用範囲」の<量>的相違だけで、把握されているのでは ない。その<量>的相違がそのまま、「規範としての内部的規定と拘束力」という< 質>的段階的相違を、規定している。
 「個別規範」も「特殊規範」も、それぞれ<量>的に<未熟>であるがゆえに、社 会的規範としての<質>においても<未熟>な、「個別的」「特殊的」形態である。
 これに対して、「組織・制度としての一般意志」は、その傘下の所属構成員すべて を、全体的に包括し、有無をいわせず「共通」に規制・拘束するがゆえに、その<規 範>としての本来的性格が、全面的に顕在化する。
「社会的規範」=「社会的・一般 的意志」「組織・制度としての一般意志」というときの、「一般」は、たんに、その適用範囲が、広く一般に及ぶから……というような、単なる<量>のレベルだけで理解されてはいるのではなく、その<量>的相違がそのまま、「規範としての内部的規定と拘束力」という<質>的段階的相違となるという、明瞭な<質>的区別を表示する概念的規定なのである。
 この規定、とりわけ一般的=典型的な社会的規範という規定を、さらに具体的な内 容に踏み込んで言えば、「組織・制度としての一般意志」は、

(a)「規範」の本来的な「外部的・客観的性格」(人間が創り出したものなのに、 その人間主体に、あたかも、「外部的・客観的存在」であるかのように、独立的に対 峙してくる)が、現実的に顕在化する。

(b)「規範」が「規範」であるがゆえに持つ「内部的な規制・拘束力」を、全面的 全体的に発揮する。

(c)「規範」としての「内的性格」(『大綱』上巻107頁)が発展的に分化する。 すなわち、「規範」は、諸個人を社会的権力組織soziale machtへと包 摂する「組織的・制度的規範」というレベルに至ってはじめて、

「組織的根本理念」(国家法なら憲法前文)
「組織的活動内容規定」(刑法・民法・商法など)
「組織構成規定」(憲法・行政法など)

 という三つの構成部分(組織的構成に対応した規範の内的性格)を、発展的に分化 させる。









inserted by FC2 system